体験談・備忘録 生活のちえ

【反論】「学生は株式投資より自己投資すべき」論を考え直してみる

「学生は株なんてやるより、自己投資にお金を使うべき」

投資の話題になると、必ずと言っていいほど飛んでくるこの言葉。本でもSNSでも、社会人の先輩からのアドバイスでも、まあ聞く。聞き飽きるほど聞く。

この定番フレーズに思うところがある。結論から言うと、この論は半分正しくて、半分は思考停止だ。今回は現役の貧乏大学院生として、この「自己投資すべき論」に正面から反論……というか、考え直してみたい。

最初に断っておくと、自己投資そのものを否定する気は一切ない。問題は「自己投資」という言葉の使われ方のほうにある。

反論①:皆が言う「自己投資」、それ本当に投資か?

まず最初に突っ込みたいのはここだ。世間で「自己投資」と呼ばれているもの、果たして投資と呼べるのか。

旅行、飲み会、人脈作り、ちょっといい服、ちょっといい時計。「若いうちの経験は財産だから」という枕詞とともに、あらゆる出費が自己投資の箱に放り込まれていく。だが冷静に考えてほしい。投資とは、将来のリターンを見込んで資本を投じる行為だ。その旅行、リターンの見込みを一度でも考えただろうか。

誤解しないでほしいのは、私は前述のような消費を否定していない。むしろ逆だ。特に旅行は人生を豊かにする「消費」だと思っている。学生時代の同期との旅行は、今でも思い出してはニヤつける。あの時間に値札はつけられないし、つける必要もない。

問題は、それを「投資」と呼んでしまうことだ。大半の人は、おそらく浪費のもっともらしい言い訳を探しているのではないだろうか。「これは自己投資だから」という魔法の言葉を唱えれば、罪悪感なしに財布の紐が緩む。便利すぎるのだ、この言葉は。

大事なのは、それが消費や浪費であると自覚すること。消費でいい。浪費だって、自覚があるなら人生のスパイスだ。だが、目をそらすために「投資」という言葉を使ってはいけない。投資と呼んだ瞬間、それは検証されない聖域になってしまう。投資なら、リターンを問われるべきなのだから。

ついでに言うと、自己投資には成果測定がないのも怪しさに拍車をかけている。株式投資なら損益が毎日数字で突きつけられるが、「経験という財産」は決算がない。リターンが永遠に確定しない投資、それはもう投資ではなく祈りである。

反論②:むしろ株式投資こそ「自己投資」では?

そして二つ目。これが今回一番言いたいことだ。

株式投資をする経験こそ、自己投資と言えるのではないだろうか。

実際に自分の金を市場に置いてみるとわかるが、株式投資をするにあたって必要になるのは、経済学であり、世界の仕組みであり、政治であり、ときに軍事であったりする。アメリカの金利が上がるとなぜ株価が下がるのか。円安は自分の資産に何をもたらすのか。どこかで紛争が起きると、なぜエネルギー価格が動くのか。

自分の金がかかっていると、これらのニュースが他人事ではなくなる。知見が否応なく入ってくるのだ。教科書で「金利と株価の関係」を読んでも右から左だが、自分の評価額が動けば嫌でも頭に刻まれる。授業料を払って学ぶどころか、上手くいけば資産が増えながら学べる。こんなコスパのいい教材が他にあるだろうか。

しかもこの知識は応用が利く。世間のあらゆる出来事に対して、一段深い視点を与えてくれる。ニュースの見え方が変わる。社会人になってから、その知識が上司との会話を弾ませるかもしれない。誰かに教えることで自分の小遣いになるかもしれない。月数千円の積立から始められて、座学では絶対に手に入らない「当事者の視点」が手に入る。

「学生は投資より自己投資を」という言葉は、投資と自己投資を対立させている。だが実際は対立していない。少額の株式投資は、それ自体がかなり優秀な自己投資なのだ。この二項対立こそが、冒頭で「半分は思考停止」と言った理由である。

そもそも学生の自己投資、本来そんなに金がかからない説

ここまで書いた上で、本来の意味での自己投資について考えてみる。

学生にとって最大の自己投資は何か。答えは身も蓋もないが、勉強だと思う。自分の専門分野を深めること。これ以上リターンの確実な投資を、私は知らない。

そして勉強という自己投資は、基本的に安い。大学の授業は学費に込みだし、図書館はタダで使い放題。論文もかなりの部分が無料で読める。専門書だって、大半はそこまで高くないはずだ。つまり「自己投資のために金が要るから投資はできない」という理屈は、学生に関してはあまり成立しない。金のかかる自己投資の多くは、前述の「投資と呼ばれる消費」だったりする。

けど医学系の本はたけえんだよなあ・・・。解剖学の教科書が13,000円したのはキチかった。

医療系の教科書、なぜああも強気の価格設定なのか。自己投資の名のもとに学生の財布を破壊しにくる教科書業界には、いつか正式に抗議したい。あれこそリターンを問いたい投資である(いや、ちゃんと勉強の役には立っているのだが、それはそれとして許していない)。

反論③:学生の最大の資産は「時間」。これを使わない手はない

もう一つ、株式投資を学生のうちに始める理由として外せないのが時間の話だ。

投資の世界では、運用期間が長いほど複利の効果が大きくなると言われる。雪だるまは転がす距離が長いほどデカくなる、あの理屈だ。つまり「いつ始めるか」が「いくら入れるか」と同じくらい効いてくる世界で、学生は「早く始められる」という一点において社会人より圧倒的に有利なポジションにいる。

金がないのは事実だ。私もバイトと仕送りをやりくりして、ようやく積み立てている身である。だが月3,000円でも5,000円でもいい。金額の小ささは、期間の長さがカバーしてくれる。むしろ金額が小さいうちに始めることには、もう一つ大きなメリットがある。

失敗の授業料が安く済むのだ。

投資を続けていれば、いつか必ず暴落を食らう。評価額が真っ赤になる朝が来る。そのとき狼狽売りをして損を確定させるのか、淡々と積立を続けられるのか。この「暴落耐性」は、知識ではなく経験でしか身につかない。そして同じ暴落を経験するなら、運用額が10万円の学生のうちに食らうのと、退職金2,000万円を突っ込んだ直後に食らうのとでは、ダメージも学びのコストもまるで違う。

社会人になって余裕ができてから始めればいい、という意見もあるだろう。だが余裕ができてから始めた人は、大きな金額でビギナーの失敗をすることになる。学生のうちの少額投資は、いわば授業料最安値の予行演習だ。これを自己投資と呼ばずして何と呼ぶのか。

じゃあ結局、学生は何にいくら使えばいいのか

ここまでの話を、現実的な配分に落とし込んでみる。あくまで私の考え方だが、優先順位はこうだ。

まず生活防衛費。これは10万円くらいで十分。社会人なら生活費の半年分くらいとか言われているけど、学生はよくも悪くも守られている。10万円は突発的な支出に対応できるように。

私は宅呑みで後輩のベッドをGEROで汚した時の弁償費用とかで役だったかな・・・。マジで無駄だった。

次に本業の勉強。学生の本分であり、最大リターンの自己投資。ここをケチって株のチャートを眺めているなら、それこそ本末転倒オブザイヤーである。私も研究が忙しい時期は、投資のことなど一切考えない。考えなくても積み立てられる仕組みにしてあるからだ。

そして自覚的な消費。友人との旅行、趣味、たまの贅沢。これは予算を決めて、堂々と使う。投資と呼ばず、消費として楽しむ。罪悪感も言い訳も不要だ。

最後に、余った金を淡々と積み立てる。ここが株式投資の定位置だ。一番偉いわけでも一番優先されるわけでもない。残り物でいい。残り物を未来に送り続けるだけで、時間が勝手に働いてくれる。

この順番さえ守れば、「投資か自己投資か」で悩む必要はそもそもなくなる。両方やればいいし、両方やれる設計になっているはずだ。

浪費を投資と呼ばない。それだけの話

最後に整理しよう。

- 世間の「自己投資」には、浪費の言い訳が相当数混ざっている
- 旅行や経験は素晴らしい。ただしそれは「人生を豊かにする消費」。投資と呼んで目をそらさないこと
- 少額の株式投資は、経済・政治・世界の解像度を上げる優秀な「自己投資」でもある
- 学生の最大の武器は時間。少額でも早く始めることに意味があるし、失敗の授業料も最安で済む
- 学生の本丸の自己投資は勉強。そして勉強は基本的に安い、、、ウソ高い。
- 順番は「生活防衛費 → 勉強 → 自覚的な消費 → 余りを積立」。これで悩みは消える

「投資より自己投資」という言葉自体が、実は雑な二項対立だった、というのが今回の結論だ。消費は消費として堂々と楽しみ、勉強し、余った金は淡々と積み立てる。貧乏大学院生の戦略としては、これで十分すぎると思っている。

なお、投資はあくまで自己責任で。生活費を削ってまでやるものではない。それでは。


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