「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
このことわざ、人生で何回聞いただろうか。バイト先で、親戚の集まりで、SNSの説教ポストで。聞くたびに思っていたことを、今日は書かせてもらう。
苦労なら買わなくても売るほどある

修士2年、研究とバイト3つを回す生活をしていると、苦労は向こうから勝手に歩いてくる。むしろ在庫過多で困っているくらいだ。誰か買ってくれないか。
とはいえ、このことわざを全否定したいわけではない。今回は「買うべき苦労」と「買ってはいけない苦労」を仕分けする話である。
このことわざの本来の意味は、たぶん正しい

まず公平に言っておくと、ことわざの原義は真っ当だ。若いうちに自ら困難な課題に挑む経験は、後の人生の財産になる。これは異論がない。
私で言えば、学部生ののTAや研究がそれに当たる。正直キツい。データは思い通りに出ないし、先行研究を読む量は際限がないし、発表前は胃が痛い。でもこの苦労は、間違いなく自分の専門性に変わっていく実感がある。リターンの見込める苦労だ。これは買っていい。むしろ自分から札束で頬を叩いて買いに行った苦労である。
問題は営業トークに使われるとき

本題はここからだ。現代において「若いうちの苦労は買ってでもしろ」は、本来の意味で使われていないことが多すぎる。
誰かがあなたにこの言葉を言うとき、思い出してほしい。「買ってでもしろ」と言ってくる人は、だいたい苦労を売る側である。
理不尽な業務、サービス残業、雑用の押し付け、低待遇。これらを引き受けさせるときの決め台詞として、このことわざは異常に便利だ。「これも経験だから」「若いうちだから」。ラッピングは立派だが、中身はただの押し売りである。本来「自分で選んで挑む」という主体性が核だったことわざが、他人に苦労を押し付けるための免罪符に化けている。
居酒屋でバイトをしていると、この構造はよく見える。忙しい日の追い込みは、時給1,500円の対価がある正当な労働だ。だが、もし「経験になるから」の一言でタダ働きを求められたら、それは経験ではなく搾取である。幸い私のバイト先はまともだが、世の中にはこの「経験」という通貨で賃金を値切る職場が確実に存在する。
また、留学を扱う会社が使っているのも見たことがある。明確な目的がない限り、その費用はムダになる可能性が高い。営業マンは何人留学にいざなえたかで自分の給料が変わるから、口車に乗せられてはいけない。雰囲気にながされず、しっかり断ろう。
苦労の仕分け方:3つの質問

では、目の前の苦労を買うべきか突き返すべきか、どう見分けるか。私は3つの質問で仕分けている。
- その苦労は、誰の得になるか。自分のスキルや知見になるなら検討の余地あり。誰かの人件費削減にしかならないなら却下。
- その苦労を、自分で選んだか。挑戦として選び取った苦労と、断れない空気で背負わされた苦労は、見た目が似ていても別物だ。
- 同じ苦労を、金を払ってでも経験したいか。Yesなら本物。Noなら、それは「させられている」だけ。
この3つを通すと、研究の苦労は全部通過する。一方、世間で「若いうちの苦労」として売られているものの多くは脱落する。
苦労に「総量の美徳」はない

もう一つ言いたいのは、苦労は量をこなせば偉いというものではないということだ。
苦労はあくまで手段であって、目的ではない。同じ成長が得られるなら、苦労は少ないほうがいいに決まっている。なのに日本には「苦労した分だけ価値がある」という苦労総量信仰みたいなものが根強くある。寝てないアピール、忙しさマウント、あれの源流もたぶんこれだ。
私は金の無駄遣いを嫌う。同じ理屈で、苦労の無駄遣いも嫌いだ。リターンのない苦労に青春を支払うのは、リターンの見込めない商品に全財産を突っ込むのと同じである。
苦労は選ぶモノ

ことわざの原義(自ら挑む困難は財産)は正しい。研究のようなリターンある苦労は買っていい。
- ただし現代では、他人に苦労を押し付ける営業トークとして誤用されがち
- 「買ってでもしろ」と言う人は、だいたい売る側。ポジショントークを疑え
- 仕分け基準は「誰の得か」「自分で選んだか」「金を払ってでもしたいか」
- 苦労は手段。総量に美徳はない。無駄な苦労は無駄遣いと同じ
苦労は買うものではなく、選ぶものだ。売りつけられた苦労は、堂々とクーリングオフしていい。そして自分で選んだ苦労なら、文句を言いながらでも最後までやる。私も今日もデータと格闘してくる。
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